大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 昭和56年(ネ)284号 判決 1984年4月23日

控訴人

日本国有鉄道

右代表者総裁

仁杉巖

右訴訟代理人弁護士

村田利雄

右指定代理人

山本昭生

西沢忠芳

登根和幸

田中憲治

荒上征彦

被控訴人

高城守人

右訴訟代理人弁護士

岩城邦治

林健一郎

右当事者間の地位保全仮処分申請控訴事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

一  原判決を取消す。

二  被控訴人の本件仮処分申請を却下する。

三  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、主文同旨の判決を求め、被控訴人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は、控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠関係は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

(被控訴人の主張)

本件懲戒免職処分が、懲戒権を濫用したものとして無効であることについては、次の諸事情が考慮されるべきである。

一  本件闘争は、機関士、機関助士を主体とする動労にとって組合員の労働条件、組合の組織維持及び輸送業務の安全性にかゝわる一人乗務制実施問題に反対するもので、動労と下級機関たる各地本、各支部が組織の命運をかけた闘争であって、控訴人において調査委員会の報告書を背景に、同報告書が実施に関連する条件として安全確保対策を講ずべきことを要求していたにもかゝわらず、組合側を納得させる充分の配慮をなすことなく強引にこれを実施しようとしたところに起因する。

本件順法闘争は、五月三〇日に実施されたストライキの前段闘争ないし準備として位置づけられ、公労法が国鉄職員から不当にも争議権を全面的に剥奪し、他方職場の安全、衛生が無視され、これについての規則、規程がなおざりにされて、業務の正常な運営が違法状態のうえになりたっていることに根ざし、かゝる当局の安全確保についての怠慢から必然的に生じたものである。従来直方支部でも控訴人側は、動労側から安全性の欠如を指摘されると比較的すなおに、直ちにその部分を補強するなどして紛糾がこじれないよう措置していたのに、本件闘争における直方駅側の対応は、動労側の安全性の欠如の指摘に対し国鉄側の前記姿勢を反映して、これを拒否する態度に終始した。これが本件闘争で紛糾を招いた大きな原因である。しかも、本件順法闘争の業務の正常な運営に与える影響は業務を一挙にとめるストライキに比しはるかに劣り、その社会的影響も現実に殆んどなかったにかゝわらず、被控訴人は、門司地本管内支部役員としてたゞ一人懲戒免職という最も苛酷な処分を受けた。

二  昭和四四年五月一二日の控訴人による一人乗務実施時期等の通告は、EL、DL委員会報告書に基礎を置いたものであるが、右報告書提出からわずか一月後に十分な労使交渉も経ないでなされ(右通告以前の実質交渉は四月二二日のわずか一回にすぎない。)、右通告より二〇日後には一人乗務制実施に入っていくという性急なものであって、動労はもとより世論の理解をもうるに足りる対応とは到底いえないばかりか、その根拠となった右報告書の趣旨ないし実施の条件にも反したものであったため、同委員会は同年五月二九日発表の覚書をもって、前記報告書が一人乗務について極めて慎重な態度をとるとし、車上保安設備の強化拡充、運転者の円滑な作業のために必要となる諸設備、労働条件、生活条件の改善向上と個体条件への配慮など労使双方の立場を考慮してこれらを基本的には団体交渉事項として善処すべきことを要望したのである。すなわち、右覚書は、その前日の磯崎総裁の申入書および談話に示された性急で力づくの解決をめざした国鉄当局の一人乗務制実施方針を危惧し、一人乗務制の実施の前段階として尽くされるべき労使間交渉がなお尽くされておらず、それにもかゝわらず性急に実施しようとする控訴人の姿勢を批判し、労使間の交渉の積み重ねを期待して発表されたものであるが、右覚書が指摘した「一人乗務制実施に関連する条件」の整備のその後の実施状況をみると、現在なお満たされず、右の危惧が現実のものであったことは明らかである。

なるほど動労は控訴人からの通告に先だって四月二五、六日の臨時全国大会で本件闘争の基本方針を決め、その実施の決議をしているが、この決定には「国鉄当局が六月一日以降助士廃止を一方的に強行する場合には」という留保条件がついており、本件闘争はまさに国鉄当局の態度如何にかゝっていたところ、控訴人は前記性急な通告をしてきたのである。しかも、一人乗務制問題は昭和四二年春以来の国鉄労使の最大の対決点で、この間の闘争経過から、前記報告書提出直後のダイヤ改正である昭和四四年六月一日を機に控訴人側がその強行実施に踏み切るであろうことは控訴人側の通常の対応状況から容易に予測しえたことであるから、その通告以前に予め組合としての対応策を確立しておくことは組合として当然のことである。

三  単一組合である動労の闘争指令の発出権限は原則として中央闘争委員会に専属し、中央闘争執行委員長が直接各組合員に対して指令する中央集権的組織形態をとっているため、中闘委指令は非常に詳細かつ具体的なものとなり、戦術内容がこと細かに組合員に発出されるため、地本レベルといえども、中闘委指令を弾力的に運用する余地はなく、まして支部レベルで独自に闘争方針を決めたり、弾力的に運用する余地は全くなかった。本件闘争においても五月二三日に中央闘争委員会で具体的な戦術を決定して指令し、門司地本を経て翌二四日に各支部に電話で伝えられた。順法闘争拠点支部とされた直方支部のとるべき順法行動の詳細な基準は闘争指導要綱(疎甲第四八号証)で予め具体的に定められ、直方支部として独自に弾力的な行動をとる余地は全くなく、具体的行動すらこの指導要綱にそって指令で定められた期間、順法闘争安全行動を行うほかなかった。

また、支部闘争委員会を確立した五月二四日の直方支部執行委員会の時点では支部闘争委員長は杉原委員長と確認されており同月二七日まで直方において渉外活動をなしている。この間門司地本から、地方執行委員を兼ねる杉原委員長に対し香椎に派遣する旨の指示があったと思われるが、直方支部の他の組合員には伝えられず二七日委員長職務の引継ぎもないまゝ同委員長は直方支部を離れてしまったのであり、本件闘争中のかゝる偶然の事情の結果、被控訴人が支部副委員長という肩書の故に本件闘争の責任を負わされたのである。

四  本件のような順法闘争は安全と衛生の確保を目的とし、その正当性が強く、目的と手段との間に不可分一体の関連性が存在する。助士廃止反対闘争が労働者の安全、衛生と輸送業務の安全を主要課題とし、その闘争手段として被控訴人が本件安全行動を行ったのは目的と合致し時宜を得た適切なもので、とりわけ本件各行為には、真実線路保安上の欠陥や労働条件の不備が存在し、控訴人に対するその指摘、追求は当をえたものである。すなわち、本件闘争は動労中央の指令に基づいたものではあるが、同時に直方駅内の当局の保線の手抜き、施設、設備の損耗老朽化の中で、食事や用便の暇すらない過酷な入換作業に従事していた被控訴人らの安全確保、労働条件改善の差し迫った課題と結びつく日常的かつ恒常的な組合活動の延長線上の取り組みとしてなされたのであるから、被控訴人らの指摘は当局側の不備をつくものとなった。

五  本件順法闘争全体の影響を当時の新聞報道にみると、三〇日のストライキによる影響に比しはるかに小さいものであることが判るが、動労直方支部関係については、わずかに二八日の順法闘争につき「直方機関区で石炭列車の方向転換機が故障したとの理由で、組合員が線路内に立ち入ったため鉄道公安官が出動した。このため同石炭列車一本が四〇分遅れた。」と報道され、二七日の影響については触れていない。又国鉄当局の総括をみると、当局編の日本国有鉄道労働史等(疎甲第四七、四九号証)によると三〇日のストライキを含む助士廃止反対闘争による門司鉄道管理局管内での列車への影響は、運休なし、遅延は旅客一本、貨車五本となっていてきわめて軽微であるとし、筑豊本線は影響線区とされていない。このように本件闘争の現実の社会的影響は皆無といえるものである。

六  五月三〇日のストライキを含む本件闘争に対する控訴人の処分は、それまでの動労の諸闘争に対する処分としては数的にも質的にも最大のもので、他の年度に比べ昭和四三、四四年度の処分数はずば抜けて高く、控訴人が動労の助士廃止反対闘争に如何に激しい敵意をもっていたかを示している。

右闘争の公労法による解雇者二五名は動労本部又は地本の役員であって、これらとその地位に格段の差がある被控訴人の受けた国鉄法による本件懲戒免職は公労法解雇に比し退職金、解雇予告手当などの点で不利益な取扱いを受けるもので均衡を欠くものである。

本件順法闘争による門司鉄道管理局管内の運休〇、遅延、旅客一、貨物五(これに匹敵するのは態本管内の運休、旅客四、遅延、旅客二位のもの)という運休遅延状況は極めて軽小であるのに、門司管内では解雇五名、免職一名となっており、他管内で解雇、免職が出ているのは東京(解雇六名、免職三名、運休、旅客三七八、遅延、旅客一七一九、貨物八二)、鹿児島(解雇三名。運休、旅客一、貨物一九、遅延、旅客二二七、貨物九二)のみで、その運休遅延は比較にならない程重大で、被控訴人の所属する門司鉄道管理局が均衡を著しく欠いた苛酷な処分を行ったものである。

本件闘争で国鉄法による懲戒免職になった四名中、被控訴人を除く三名の処分理由は、内二名が運行中の列車を途中で放棄したもの、内一名が暴力事件を含むもので被控訴人の本件行為とは事案を全く異にし比較にならず、被控訴人の行為は仮に違法であるとしてもその程度は著しく軽微であるから右三名の懲戒免職をもって被控訴人に対する免職を合理化しえない。

本件闘争後、国鉄当局の処分政策、労務政策が一定の手直しをされ、諸闘争による被解雇者、被免職処分者を再雇用するなど過去の被処分者の救済が進められて、前記列車の運行を途中で放棄した者でさえ控訴人は和解により復職させたのであるから、被控訴人を永久に職場から追放するのは同人にとり苛酷である。以上他の事例と比較して本件懲戒処分は均衡を失するものである。

(控訴人の主張)

一  国鉄法三一条により懲戒権者がどの処分を選択するかを決定するに当っては、懲戒事由に該当すると認められる所為の外部に表われた態様のほか、右所為の原因、動機、状況、結果等を考慮すべきことはもちろん、更に、当該職員のその前後における態度、懲戒処分等の処分歴、社会的環境、選択する処分が他の職員及び社会に与える影響等諸般の事情をも斟酌することができるというべきであり、これら諸事情を総合考慮したうえで、企業秩序の維持確保という見地から考えて相当と判断した処分を選択すべきである。しかして、どの処分を選択するのが相当であるかについての判断は、右のようなかなり広い範囲の事情を総合したうえでなされるものであり、処分の選択の具体的基準が定められていないことを考えると、右の判断については懲戒権者の裁量が認められているものと解するのが相当である。もとより、その裁量は、恣意にわたることをえず、当該行為との対比において甚だしく均衡を失する等社会通念に照らして合理性を欠くものであってはならないが、懲戒権者の処分選択が右のような限度をこえるものとして違法性を有しない限り、それは懲戒権者の裁量の範囲内にあるものとしてその効力を否定することはできないものといわなくてはならない。もっとも、免職処分の選択に当たっては、他の処分の選択に比較して特に慎重な配慮を要することは明らかであるが、そのことによっても、懲戒権者が免職処分の選択を相当とした判断について、裁量の余地を否定することはできず、結局それにつき右のような特別に慎重な配慮を要することを勘案したうえで、裁量の範囲をこえているかどうかを検討して、その効力を判断すべきものであって、右の検討の結果によっても、なお合理性を欠くものと断定できないときは、その効力を是認せざるをえないものである。

二  右の一般原則から本件には次の諸事情がある。

1  先ず、一人乗務制実施をめぐる被控訴人の本件行為が昭和四四年五月一三日の動労門司地本委員会の決定に基づきなされたこと、右委員会の決定が、同年四月二五、二六日の動労臨時全国大会、同年五月一五日の動労の全国代表者会議、同年同月二三日中央闘争委員会の決定等に従ってなされたであろうこと、従って被控訴人の本件行為が動労の闘争方針に則った闘争であったことを控訴人も争うものではないが、一人乗務制実施をめぐる控訴人と動労との交渉経緯の如何は、被控訴人の本件行為自体の当否に、従って懲戒に際しての裁量権行使の当否に何のかゝわりもないのみならず、原判決のいうように、一人乗務制を実施しようとした控訴人の態度は性急にすぎ本件闘争を誘発するにつき控訴人にも幾分かの責任があるというようなこともない。すなわち、

本件合理化闘争において国労が妥協的かつ柔軟な姿勢をとり動労の本件闘争を批判したのに対し、動労はその中央交渉においても「デッチ上げの大島報告書そのものを認めない」として当局と対立し本件闘争に至ったものである。EL、DL委員会の調査報告であるいわゆる大島報告書が昭和四四年四月九日労使双方に提出後控訴人は国労、鉄労、動労とそれぞれ度重なる交渉を持ち、一人乗務の実施時期等が各組合に提案されたのは同年五月一二日である。しかるに動労は既に同年四月二五、二六日の臨時全国大会において闘争方針を決定し、遮二無二本件闘争に持っていったのである。

2  本件順法闘争が動労本部ないし動労門司地本委員会の決定によるものであったことから被控訴人がこれらの指令に従うのは当然としても、その具体的行動は当該支部闘争委員長に、その立案、実施が委ねられるのが通常であるところ、支部の入換専用機順法行動実施要領(甲第五三号証)の作成は専ら被控訴人がなし、同人が当時の五者共闘委員会の動労を代表する代表委員であったことを自認しているうえ、本件闘争当時杉原直方支部闘争委員長の不在は偶々ではなく、動労門司地方本部が五月三〇日からのストライキを重視し、同委員長をオルグとして香椎に派遣したからであって、直方における本件順法闘争の実施は副委員長たる被控訴人に委ねられ、その具体的行動は事実上被控訴人が主宰したのであるから、闘争委員会における杉原委員長の権限の委譲がなかったとか、門司地本から被控訴人に対する指示、指令がされなかった等の形式的な事柄は被控訴人の責任の軽重を左右しない。

3  原判決は、被控訴人の行為の目的につき、副次的には安全確保や労働条件の順守をはかる目的も真実存在したことも否定できず、単純に争議目的のための業務阻害行為としては割り切れない一抹のものがあると説示するが、一般に順法闘争は組合が一時的集団的に法令等を通常よりも厳格に順守するという名目のもとに、他の目的、例えば賃上げ、処分反対等本件では合理化反対のために、争議行為として業務阻害行為を行うもので、闘争が終了するとともに従来通りの業務運営に復する全く一過性のもので、ここで問題となるのは揚げられた名目的な目的でなく、その手段にある。

4  本件闘争の影響について、原判決はその程度を過少評価し、被控訴人のため斟酌すべきとするが、各入換機関車、貨物列車けん引機関車の出区遅延から貨物列車の発着が大巾に遅れ、その本数、程度も深刻で、その多くが石炭運搬列車であってもその荷主、荷受人は臨時緊急の措置を要した等有形、無形の出捐を強いられ、社会的影響が少ないとは速断しえない。しかも右影響が貨物列車に集中し旅客列車へは比較的軽微であったのは、控訴人が旅客列車優先措置をとるため、やむなく貨物列車の抑止、待避、代替員による作業等可能な限り臨機の措置をとった結果によるもので、これを被控訴人のため斟酌すべき事情とするのは本末顛倒である。

5  本件処分は他の処分事例と対比して何ら均衡を失しない。本件処分は被控訴人の五月二七、二八日の順法闘争における非違行為であり、原判決の対比する被控訴人を含む二九名の処分は五月二五日から実施の順法闘争、三〇日の全国統一ストライキに対する処分で、公労法解雇の二五名は本部関係中央闘争委員、地方関係では各地本委員長、副委員長、書記長、執行委員で被控訴人の門司地本直方支部副委員長という地位と対比することは無意味である。又国鉄法による免職がなされた被控訴人を除く三名中、二名は運行中の列車を途中で放棄したもので本件事案と内容を異にする。他の一名は支部書記長であってその処分事由は<1>助役による機関車入換作業を有形力を用いて妨害遅延させ<2>乗務員の点呼を妨げ、他の組合員とともに乗務員を、その意に反して集会場内へ連行し<3>スト参加のため欠勤したというもので暴力事件を含み本件行為と類型を同じくするものである。

さらに被控訴人の所属する門司鉄道管理局においては本件順法闘争、その後の三〇日のストライキにつき門司地本副委員長、同書記長、同執行委員、同門司港支部委員長の五名に対し公労法による解雇がなされた。

6  次に被控訴人の過去の処分歴は左のとおりである。

(イ) 昭和三四年七月三日国鉄法三一条により三月減給一〇分の一、同年一月一六日、一七日闘争幇助

(ロ) 同三五年一〇月一〇日前同条により二月減給一〇分の一、同三四年一〇月二〇日翌一一月二七日飯塚地区、苅田港駅における職場集会幇助

(ハ) 同三五年一二月一六日前同条により停職一月、同年四月九日直方機関区順法闘争幇助

三  以上詳述した諸事情に加うるに、本件闘争は公労法一七条により一律全面的に禁止された争議行為であること、従ってこれを企画、指導、指令した動労の上部各役職委員が公労法一八条による解雇処分をうけていること、上部団体よりの指令であったとしても、被控訴人は極めて積極的に組合員を指導し、自ら先頭に立って各所為に出ていること、偶々被控訴人が一、二、現場に到着した時間が多少遅れたとして後発参加であると原判決が認定する場合といえども、到着後は、自ら主導権を握って積極的に、かつ執よう強硬に抗議を繰り返し、被控訴人が参加してからの時間の方が、はるかに長い間業務妨害をなした上、被控訴人の指揮によって、組合員は線路外に退去する等重要かつ強力な役割を果していること、また、被控訴人の組合における役職歴からみてもその指導力の十分であること等を勘案すれば、控訴人の選択した懲戒免職処分が、極めて違法性が強い当該所為との対比において、甚だしく均衡を欠くとは言えず社会通念からみても合理性があるのであるから、裁量の範囲を逸脱したとすることは到底できない。

(新たな証拠)…略

理由

第一  申請の理由1の事実(当事者)及び同2の事実(本件懲戒免職)は、当事者間に争いがない。

第二  そこで、本件懲戒免職の効力について判断する。

一  本件懲戒免職に至る事実関係の認定判断は、原判決九〇枚目裏一行目「後者も」の次に「入区及び出区遅延を生じ第二三七三貨物列車は」を加えるほか、原判決理由第二、一の説示(原判決六二枚目裏六行目から九九枚目表七行目まで)と同一であるから、これを引用する。なお、当審において控訴人及び被控訴人の提出援用した各証拠も右事実認定を左右しない。

二  そこで、被控訴人の本件懲戒免職処分の効力についてみるに、先ず、(一)懲戒事由の存否、(二)国鉄法適用の当否、(三)公労法一七条一項と憲法二八条との関係についての被控訴人の主張の適否及び(四)不当労働行為の成否に関する当裁判所の認定、判断は、次のとおり訂正するほか、原判決理由第二、二、1ないし4の説示(原判決九九枚目表九行目から一〇四枚目裏一行目まで)と同一であるから、これを引用する。

1  原判決一〇三枚目表の「七条一項本文」を「一条二項本文」と改める。

2  同一〇四枚目表三行目「二頁」の次に「昭和五六年四月九日第一小法廷判決民集三五巻三号六一八頁」を加える。

三  進んで、本件懲戒免職処分の相当性ないし控訴人主張の懲戒権濫用の有無について判断する。

(一)  国鉄法三一条一項には国鉄職員が懲戒事由に該当するに至った場合に懲戒権者たる控訴人の総裁は懲戒処分として免職、停職、減給又は戒告の処分をすることができる旨規定し、右各処分には軽重の差異があるところ、懲戒事由にあたる行為をした職員に対し懲戒権者がどの処分を選択すべきかについては、具体的基準を定めた法律の規定はなく、また、控訴人の業務上の規程にもその定めがない。しかし、懲戒権者はどの処分を選択するかを決定するに当っては、懲戒事由に該当すると認められる所為の外部に表われた態様のほか右所為の原因、動機、状況、結果等を考慮すべきことはもちろん、更に、当該職員のその前後における態度、懲戒処分等の処分歴、社会的環境、選択する処分が他の職員及び社会に与える影響等諸般の事情を斟酌することができるものであり、これら諸事情を総合考慮したうえで、控訴人の企業秩序の維持確保という見地から考えて相当と判断した処分を選択すべきである。しかしてどの処分を選択するのが相当であるかについての判断は、右のようにかなり広範囲の事情を総合してされるうえ、処分選択の具体的基準が定められていないことからして、右判断について懲戒権者の裁量が認められているものと解される。もとより、その裁量は恣意にわたることをえず、当該行為との対比において甚だしく均衡を失する等社会通念に照らし合理性を欠くものであってはならないが、その処分選択が右の限度をこえるものとして違法性を有しない限り、それは懲戒権者の裁量の範囲内にあるものとしてその効力を否定することはできないといわなくてはならない。もっとも、懲戒処分のうち免職処分は控訴人の職員たる地位を失わしめるという他の処分と異った重大な結果を招来するものであるから、免職処分の選択に当っては他の処分の選択に比し特に慎重な配慮を要することは明らかであるが、そのことによっても懲戒権者が免職処分の選択と相当とした判断について裁量の余地を否定できず、右のような特別に慎重な配慮を要することを勘案したうえで裁量の範囲をこえているかどうかを検討してその効力を判断すべきもので、右の検討の結果によってもなお合理性を欠くものと断定できないときはその効力を是認せざるをえないものである。

(二)  そこで、これを本件懲戒免職について検討することとする。

先ず、被控訴人の本件順法闘争に関与してなした行為の動機及び目的をみるに、前記認定事実に(証拠略)を総合すると次の事実が認められる。

控訴人が五万人合理化計画の一つの柱として電化、ディーゼル化に伴い作業方式、業務運営方式の近代化、合理化の一環として乗組人員の適正化をかゝげ、昭和四二年三月以来提案してきたEL、DLの機関助士廃止、一人乗務制実施に対し、動労は数次にわたり反対闘争を行ったのであるが、昭和四四年五月末の全国的闘争に際し、被控訴人は動労直方支部における本件順法闘争を指導実行しその一環として本件行為を敢行したものであるところ、右の機関助士廃止、一人乗務制実施問題は機関士、機関助士を主体に組織された動労にとって組合員の労働条件、組合の組織維持及び輸送業務の安全性にかゝわる極めて切実な問題であったことは容易に理解しうるのであるが、就中、動労が最も強く主張した安全性の問題については、度重なる労使交渉によっても結論を見出せなかったことから、これを解明するため、その答申内容は尊重し労働条件は団体交渉できめる旨の労使の合意に基づいて、労使共同推薦の専門学者五名で構成される第三者機関たるEL、DL調査委員会を発足させ、同委員会は労働科学、人間工学等総合的に調査、検討した結果、昭和四四年四月九日付調査報告書において基本的に一人乗務制の妥当性を是認し、これを前提に実施の条件として安全確保のための種々の施策を実施していくことを国鉄の基本方針とすべき時期に立ち至った旨総括したため、国鉄は同年五月一二日動労に対し翌六月一日以降一人乗務制の段階的実施を内容とする実施計画を提案し、これに関連する労働条件について労使の具体的協議に入ろうとしたのに対し、動労側は同調査委員会の調査方法、内容に問題があって前記報告書は疑問であり別の委員会を設け再調査したい等と主張して応ぜず、助士廃止を強行する場合には組織の命運をかけて闘い強力な順法闘争及びストを構えて闘う旨の方針を決定したため、労使の協議が可能な情勢とならず、かくして本件順法闘争を含む動労の組織的反対闘争に及んだのであるが、右闘争中、同調査委員会は国鉄の一人乗務制実施に伴う動労のスト等を回避させ、団体交渉による問題の処理を国鉄労使双方に要望する旨の前記調査報告書の趣旨説明である昭和四四年五月二九日付覚書を提出したため、これを受けて労使間の団体交渉が続けられた結果、ストライキ突入後の同月三〇日、国鉄当局は一人乗務制実施を暫時延期して労使の協議を続ける旨の労使間合意に達したものであることを認めることができる。かゝる控訴人と動労本部との団体交渉の経緯に徴すると、一人乗務制を極めて切実な問題としていた動労及びその組合員が控訴人の態度をいさゝか性急であると受取ったことも考えられるが、一人乗務制は昭和四二年三月以来労使間で問題とされ、控訴人の五月一二日になした六月一日からの一人乗務制の実施提案も段階的なものであったこと等を考えると、控訴人の態度が信義則上要求される配慮を欠いていたものともいゝ難い。

次に、被控訴人が動労直方支部の本件順法闘争に際して果した役割及び行為の態様をみるに、同支部における本件順法闘争は動労中央闘争委員会及び動労門司地本からの指令に基づいて組織的計画的になされたものであるが、被控訴人は同支部副委員長の地位にあって、他のスト拠点に出向いて不在中の同支部委員長に代り、同支部における本件順法闘争を実施、遂行するうえで最も主導的役割を果したことは否定しえない。なるほど、(証拠略)によると、動労の組合組織上、上部機関の指令ないし決定が当然下部機関及び組合員を拘束することが認められ、被控訴人は闘争の実施を既定方針として実行せざるをえない立場にあったといえるが、その具体的行動の立案、実施の詳細が定められていたとは(証拠略)によっても認められず、その他これを認めるに足る証拠もなく、これらは当該支部責任者に委ねられていたものと推認するのが相当である。

更に、行為の態様をみるに、前記引用のように被控訴人らの指摘した諸事由はいずれも理由がなく、仮にその必要性を感じたとしても平穏裡に指摘し当局の善処を求めれば足りるにもかゝわらず、自ら率先して或はその指導指揮の下に他の組合員とともに、機関車前方線路内に立入り又は坐り込む等して抗議し鉄道公安官の出動ないし実力排除をみるまでに至り、その回数、所要時間等も多く、かつ執拗に機関車の出区等を妨害したもので、その所為は、私企業における労働争議としても許されない控訴人の輸送業務に対する業務妨害行為と評価せざるをえず、いわゆる順法闘争即ち通常の作業慣行に反し内規などの諸規定を忠実に遵守した作業運営を行うものと異り、控訴人の職場秩序維持の見地から認められないものであって、右業務妨害には他の組合員の多くも積極的に加担したり重要な役割を果した事情も看取されるとしても、また、動労直方支部における本件順法闘争の遂行について本来同支部における最高責任者たるべき地位にあった杉原委員長が当日スト拠点の応援で偶々不在であったため同支部副委員長の被控訴人が闘争の支部責任者として事実上主導的役割を果さざるをえない結果となったことを考慮しても、その責任は重大であるというべきである。

また、動労直方支部における被控訴人の行為を含む本件順法闘争の影響ことに控訴人の業務の阻害の程度をみると、五月二七日の闘争第一日目においては入換機関車等の三二分ないし三九分の出区遅延を生じ、翌二八日は入換機関車等の出区遅延などのほか、相当多数の貨物列車の大巾な発着遅延を生じその程度もかなり深刻なものがあり、また控訴人において旅客列車優先措置をとったにもかゝわらず、社会的影響の大きい旅客列車二本の遅延も生じている等、その結果は控訴人の輸送業務に相当の阻害を与え、社会的影響をもたらしたといわねばならない。

ついで、他の処分事例との対比をみるに、(証拠略)を合わせると、動労が五月二五日から実施した本件順法闘争及び五月三〇日の全国統一ストに対し、控訴人は二九名の動労組合員に対し、内二五名につき公労法一八条による解雇を、被控訴人を含む残り四名につき国鉄法による懲戒免職をそれぞれなしたこと(この点は当事者間に争いがない)、公労法一八条による解雇を受けた組合員は動労本部関係では中央闘争委員五名、地方関係では地方本部委員長副委員長、書記長、執行委員及び支部の委員長であり、他方国鉄法による懲戒免職を受けた被控訴人を除く三名のうち二名は前記三〇日のストの際動労の指令に基づき仕業最終の折り返し運転をしないでその乗務を放棄(怠業)した運転士に対するもので本件と類型を異にし、他の一名は有形力行使による機関車入換作業の妨害、乗務員の組合集会場への強制連行及びスト参加のための欠勤をなした支部書記長に対するもので本件類似の事案であるところ、右処分の効力を争って提訴したが上告審たる最高裁判所も右処分は有効である旨判断して確定したこと、また動労直方支部における五月二七、二八日の本件順法闘争参加者に対する控訴人の処分は、被控訴人に対する処分のほか同支部書記長中川広明、同教宣部長田中道博、同青年部長森田正之助に対しいずれも国鉄法による停職三ヵ月、その他の執行委員数名に対し減給であったことが一応認められる。

次に、本件以前の被控訴人の処分歴をみるに、弁論の全趣旨によれば、被控訴人は国鉄法三一条に基づく懲戒処分として、昭和三四年七月に闘争ほう助により三ヶ月減給一〇分の一、昭和三五年一〇月に職場集会ほう助により二ヶ月減給一〇分の一、同年一二月に順法闘争ほう助により停職一ヶ月の各懲戒処分を受けたことが認められる。

そこで、以上認定判断した被控訴人の本件行為の性質、手段、態様、結果等を総合すると、被控訴人主張の諸事情を斟酌し、かつ免職処分が職員としての地位を失わしめる重大な結果をもたらすものでその選択にあたって特別に慎重な配慮を要するものであるということを十分考慮してみても、国民の生命財産を安全かつ迅速に輸送する重大な使命を負う控訴人の総裁が、その職員たる被控訴人に対し、本件行為について懲戒処分として免職処分を選択した判断は必要かつやむを得なかったものと認められ、社会通念上合理性を欠くものとはいえないし、控訴人総裁に任された懲戒権行使の際の裁量の範囲を越えこれを濫用した違法のものということはできない。

第三  以上説示のとおり、本件懲戒処分は、被控訴人主張のような瑕疵はなく適法有効というべきであるから、被控訴人は昭和四四年一二月一日以降控訴人の職員たる地位を失ったもので、本件地位保全等仮処分申請は被保全権利を欠き失当であるから、右申請を認容した原判決は結局取消を免れない。そこで、原判決を取消し、本件仮処分申請を却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 矢頭直哉 裁判官 諸江田鶴雄 裁判官 三宮康信)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例